会員総会のお知らせ

    元神明宮見学会 平成21年5月27日(水) 寛弘2年(1005年)に一条天皇の勅命により創建され、渡辺綱の産土神であったことから、多くの武人に崇敬されたという。また、江戸時代に徳川将軍家の命により神体や神宝が飯倉神明(現 [...]

    ご入会について

神社と実務 第百一号

3月 28 2012
〈 会 員 総 会 レ ポ ー ト 〉 三月十日(土)会員総会を稲毛神社にて開催しました。会に先立ち正式参拝を行い、参集殿に移って開会。恒例により山本孝司代表が登壇し議長として議事を進行しました。 まず事務局より平成二十三年度の活動報告があり、会計より平成二十三年度の決算報告を行い、引き続き監査より監査報告が承認されました。 次に事務局より平成二十四年度活動案を説明し、平成二十四年度予算案を提示し、承認されました。 (決算・予算・活動予定については別紙を御参照下さい。) 議長降壇ののち、市川緋佐麿宮司(神奈川県神社庁副庁長)より本庁憲章に関する卓話がありました。大きな問題提起ですので、参加者に宿題が出されたことです。 休憩の後、萩原諄夫氏(日枝神社宮司・土師流神楽家元)により「里神楽について」と題して御講演いただきました。 宮中の神楽や出雲の神能などとの違いなど、資料により里神楽の概説があり、DVDによって「ヤマタノオロチ退治」上演の様子を拝見しました。更に神楽面展示して戴き、会員有志が著装を体験させていただきました。 神楽面の見学で当初の予定を三十分ほど超過しましたが、名残を惜しみつつ散会としました。 そのあと神社近くの「蕎麦処 美濃戸」へ移動して懇親会を催しました。 遠方より御参加下さったため懇親会に御参加いただけなかった会員もありましたが、京都野宮神社懸野直樹宮司・創美流渡邊華靖家元・川口神社竹本佳徳宮司、またはるばる北海道から参加の高信優太権禰宜の皆さんには遠路を厭わず御参加下さり、ありがとうございました。 一般参加では芝大神宮ゆかりの「歩こう会」の皆さん、設計士の菅井雅彦さん(川崎市高津区)、次の機会にも是非お出かけ下さい。ありがとうございました。 懇親会から合流したウイルチコ・フローりアンさん(上野天満宮権禰宜)は中央実習を終えて馳せ参じてくれました。 続きを読む...

会員総会のお知らせ

3月 27 2012
時 3月10日(土)13時~16時 所 稲毛神社参集殿 講師 萩原諄夫氏 続きを読む...

神社と実務 第九十九号

1月 13 2012
〈 例 会 レ ポ ー ト 〉 平成二十三年十一月二十六日(土)午後一時~四時、芝東照宮社務所において秋例会を開催しました。およそ十二、三年ぶりに忌憚ない議論をと企画した例会です。話題は玉串料の明示の是非に終始してしまいましたが、神職と参拝者側とでは見解がかなり異なること再確認したことです。引き続き外国籍のままの任用や女子神職についても話題となりました。思いのほか時間の経過が早く、途中で打ち切りとなったのは残念でした。 正式参拝は芝東照宮の御都合で例会後に行いました。勝田勇宮司様、御高配賜り有難うございました。 参加者〔敬称略〕 山本孝司(本会代表・座間神社宮司) 相原富夫(芝大神宮嘱託) 池原清(中野島稲荷神社氏子) 稲葉博(クリエイティブ・ヒューマン) ウイルチコ・フローリアン(國學院大學専攻科) 太田耕二(神聖社) 小野善一郎(湯島天満宮権禰宜) 金子善光(中野島稲荷神社宮司・國學院大學講師) 児島利明(環境マザーズ) 中津川昌弘(NPOアンテンヌフランス代表) 中村裕之(葛飾八幡宮権禰宜) 橋本紃子(三田春日神社権禰宜) 萩原諄夫(日枝神社宮司・神楽土師流宗家) 廣岡代子(末長杉山神社権禰宜) 堀口康夫(渋川八幡宮宮司) 山田藍子(虎ノ門金刀比羅神社巫女) 山田一雄(歩こう会) 散会後は四時すぎから、芝大神宮参道わきにある「新鮮市場・芝大門店」に会場を移して忘年会を催しました。こちらも楽しく時が移り、午後七時に再会を約して散会としました。 お 知 ら せ  会誌十一号への協賛広告、ありがとうございました。編集はほぼ完了していますので、発行まで今しばらくお待ち下さい。 社頭講話の試み  災難は忘れたころにやって来る、と申します。昨年の大震災には驚きましたし、その後の余震にも不安を掻き立てられました。  その上、原子力発電所の事故が重なり、今度は見えないものへの不安に苛まれることにもなりました。  「神も仏もない」と言った人があるそうですが、果してそうでしょうか。  昨年の大震災では学ぶことがたくさんありました。忍耐・互助・思い遣り・分ち合い……。何より大いなる力に縋ろうとした人が増えたことは、意味のある気付きでした。  NHKのニュースにも紹介されましたが、上野の下谷神社阿部宮司は逸早く現地に飛び、支援活動を展開されました。中村裕之氏も同行して具に状況を報告なさっています(儀礼文化ニュース)。  阿部宮司は社殿が倒壊した神社に、賽銭が上っているのを発見し、おやしろを贈ろうと決意されたそうです。各方面からの協力をも仰ぎ、十数回にわたって往復なさいました。  こうして小規模ながら社殿が据えられ、地元氏子の皆さんが心の拠り所としている様子については、詳細な報告を伺いました(川崎市氏子総代会総会および神社庁の研修会)。  いま一つ御紹介します。大船渡市のK君。社務所が流され、祖父と母親を失いました。総代の中には「例祭は中止した方がよい」と進言する人もあったそうです。  私も協力して総代会用に資料を数点送りました。間に合ったのは幸いでした。  宮司である父君は、流された神輿の代りに自ら作った仮の神輿に神御を奉安して氏子区域を回りなさった由です。  K君からの電話は「一月遅れでしたが例祭を斎行できました」というものでした。震災直後の沈んだ声とはやや違って聞こえたのは、責任を果たせた解放感から来るものだったかも知れません。  自粛も選択肢の一つでしたが、現地では全く逆の決断があったわけです。それはM・エリアーデの指摘した「原初の再現」であるからです。 祭は継続に意味があります。それをを改めて認識させられたたことでした。  被災地の心意気に喝采を贈り、感謝したいと思った次第です。 今 月 の 三 冊 o福田アジオ著『柳田国男の民俗学』(吉川弘文館刊・二七四ページ・一九八〇円+税)  柳田國男を知らずとも〈ハレ〉や〈ケ〉という語は聞いたはずである。ところが、どうもこれが柳田の定義から外れて、独り歩きしているらしい。また〈常民〉は柳田の造語だが、本人の使用頻度は低いのだという。あるいは招婿婚とか妻問婚も柳田の研究成果として一般に知られるが、大著を著した女性研究者の反論が出ている。『定本柳田國男集』を読んだ後だと、本書の趣旨について納得できるに違いない。 o山村明義著『神道と日本人魂とこころの源を探して』(新潮社・六七八ページ・一〇四八円+税) 全体に丹念な取材によって纏められている。特に第六章では精神科医である宮司の洞察を紹介し、第七章では女性神職の活躍を取り上げている。ここにはわが研究会の小平美香氏も紹介されている。第十章では宮中祭祀に言及し、神社祭祀の核心に触れているのは注目される。この点だけでも巷間出回っている類書とは一線を画する。ともあれ従来とは異なる労作である。 o福島県神道青年会六十周年記念事業実行委員会 編『現代語引き祝詞用語・古語集』(福島県神道青年会刊・一五七ページ) 「章句別例文」の着想が光る(「章句」は漢文の用語なので「句」または「表現」とすれば正解)。かつて本会でも企画した内容である。こちらは再校まで進みながら、出版社の都合で刊行中止となった経緯がある。目下、大河書房から例文集の付録として出すべく進めているところだが、先行書としての取り組みには敬意を表したい。 続きを読む...

神社と実務 第九十七号

10月 5 2011
秋 例 会 の 御 案 内 時 十一月二十六日(土)午後一時〜四時 所 芝東照宮社務所 地下鉄「芝公園」下車。地下鉄「御成門」「大門」からは少し歩きます。JR「浜松町」からも徒歩七、八分。 テーマ 未定ですが会発足の初めに立ち返って考えることにします。 *例会の後に忘年会を予定しています。こちらの会費は五〇〇〇円の見込みです。 *十月中に事務局へ参加の申し込みを。 夏 季 研 修 報 告 恒例の夏季研修は去る八月二十四日(水)・二十五日(木)の両日、長野市戸隠・宿坊「大西旅館」にて開催しました。今回は初の試みとして『新(さら)の会』会員である地元神職との合同研修となりました。 初日は長野駅前で昼食を摂り、午後一時半すぎ同会の宮澤民雄・須澤清明・村上典孝お三方のお世話で、象山神社に正式参拝しました。 さらに同社滝澤基宮司の御案内で松代大本営跡および気象庁精密地震観測室・松代自身センターを見学し、戸隠神社中社・大西旅館へ向いました。 しばし休憩の後、午後六時より七時四十五分まで、合同研修会を行いました。まず両会より宮澤民雄・金子善光両人より挨拶があり、参加者一同、自己紹介を試みました。 当会からは相原富夫・稲葉博・金子善光・田村茂樹・中津川昌弘・中村裕之・橋本紃子・廣岡代子(会員外では中津川夫人・子息・宮本富美子)の皆さん。 『新の会』からは小穴真希・須澤清明・白鳥俊明・立澤寿江・畠山直季・松井秀吾・宮澤民雄・村上典孝の皆さん。来賓に庁長戸隠神社宮司藤井茂信様・参事富岡晋一様・象山神社宮司滝澤基様をお迎えしました。 その後、約五十分間にわたり「日暮里諏方神社の祝詞に見る昭和の東京」と題して金子講師により講義がありました。 午後八時、やや遅い夕食を兼ねて懇親会を催しました。席上、田村会員による「五寸唐櫃スピーカー」のPRもあり、雅楽が加わって賑やかなひとときを過しました。十時半、お開き。入浴、就寝。 二日目は五時起床。中宮を参拝し太々神楽を奉納しました。修験系の勇壮な舞と小学生による巫女舞が対照的でした。次いで資料館を見学しました。 前夜からの雨のため、楽しみにしていた奥社参拝を中止し、土産物屋を冷かしました。昼食は富岡氏の宿坊で戸隠蕎麦を堪能したのち、長野駅前で散会としました。さらに一泊するグループや見学を追加した方々もありました。 須澤様、村上様、富岡様、宮澤様、大西旅館の皆様、お世話になりました。 社頭講話の試み かつての神札頒布では家に上って神棚にお札を納め、祝詞を奏上したものです。あるお宅へ伺った折のこと、お婆さんが「お札は要りません」と言います。「お札を受けて縁側に置いてあったのだが、折悪しく干してあったオシメの滴が垂れ、それ以来、碌なことがなかった。おっかないので、もう神札は祀らない。」と。 これは間違っています。まず神様にお詫びしなければいけません。それから神札は廊下などへ放置せず、丁重に取り扱わねばいけません。そして何より今まで守って戴いたことへの感謝もなく、怖いというだけで神札をまつらないのでは、解決にはなりません。 災いがあるたびに見失うのでは信仰とは言えないでしょう。大震災のあとに「神も仏もない」と言った人があるとか。果してこれはまことでしょうか。現地入りした下谷神社の阿部宮司のお話では、人々の産土神社に対する思いは並々ではなかったそうです。 親が子を慈しむように、いつも見守って下さるのが神様です。江戸時代の国学者・平田篤胤が「まず産土の神様にお参りすべきだと繰り返し説いた通りなのです。確かに「苦しい時の神頼み」ばかりでは理想的な信仰ではありませんが、神様は全てお見通しなのでした。 続きを読む...

会員総会のお知らせ

5月 26 2011
時 六月十八日(土) 午後二時~四時 所 東京都港区芝公園四―十八―十 芝東照宮 地下鉄・都営三田線「芝公園」下車、徒歩三分 地下鉄・大江戸線「大門駅」下車、徒歩十分 JR京浜東北・山手線「浜松町駅」下車、徒歩十五分 講師 博士(神道学)・湯島天満宮権禰宜 小野善一郎氏 テーマ 「社頭で行う古事記講読について」 *参加予定の方は事務局へ御一報下さい。 続きを読む...

神社と実務 第九十五号

5月 26 2011
〈 会員総会のお知らせ 〉 時 六月十八日(土) 午後二時~四時 所 東京都港区芝公園四―十八―十 芝東照宮 地下鉄・都営三田線「芝公園」下車、徒歩三分 地下鉄・大江戸線「大門駅」下車、徒歩十分    JR京浜東北・山手線「浜松町駅」下車、徒歩十五分 講師 博士(神道学)・湯島天満宮権禰宜 小野善一郎氏 テーマ 「社頭で行う古事記講読について」 *参加予定の方は事務局へ御一報下さい。 社頭講話の資料と方法 「われらが生死(しやうじ)の到来、ただいまにもやあらむ。それを忘れて、物見て暮す、愚かなることは、なほ勝りたるものを」(吉田兼好『徒然草』第四十二段より) 〔訳〕私どもの死は、たった今この時に来るかも知れない。そのことを忘れて競馬見物に時を費やしている。愚かさで言えば(木に登って今にも落ちそうな気配で眠り呆けている人よりも)上を行くに違いないのだが。 〔展開1〕上賀茂神社の競馬(くらべうま)見物に行ったおりの話です。見物人が多いので木に登っている僧侶がいました。彼は居眠りをして時々木から落ちそうになるので、周りの人々が嘲って「馬鹿者だ。よくもまあ木の枝に跨って呑気に居眠りが出来るものだ」と言ったので、作者は呟いたというものです。俗に「目くそ鼻くそを笑う」と申しますが、兼好はそれを揶揄したのでしょうか。 〔展開2〕兼好は結びの文で「かほどのことわり、誰かは思ひ寄らざらむなれども、折からの思ひかけぬ心地して、胸にあたりけるにや」(この程度の理屈は誰でも思いつかぬことはないだろうが、時と所とが納得させたのだろう)と謙遜している。私どもは大災害に遭遇し、いつでもどこでも予期せぬ出来事があるのだと再認識したことです。〈いま〉をいかに生きるか、ということの大切さに気付かせてくれた一言でもありました。 〔展開3〕時代背景は南北朝ですが、時を越えて伝わるものがあります。まさに古典とはこのようなものを言うのでしょう。兼好のような人を当時は隠者と呼びましたが、時に距離を置き冷やかに事柄を見ている姿勢は、今日の評論家・批評家とも通うものがあります。しかも生活と掛け離れたところで考えている訳ではないという点が、兼好の魅力なのでもありましょう。  つ ぶ や き 被災者に止らず茫然自失の日々であった。二か月はあっという間に過ぎた。まさに諸行無常だ。しかし同時に多くのことも学んだ。何もかも失ったかに見えたが、大切なものが何かと気付いた。何の変哲もない日常が、如何に意味のあるものであったかを知った。親子・兄弟はもとより赤の他人との絆すら見出すことが出来た。人はいくらでも優しくなれるということも。そして心を一つに祈ることに多くの人が目覚めた。その意味では本当の幸せを考え直す機会を与えられた日々でもあった 書 棚 ― 今月の三冊 ― 小堀邦夫著『伊勢神宮のこころ、式年遷宮の意味』(淡交社・三一七ページ・二二〇〇円+税) 神宮祭祀を解り易く解説した好著。関係者でなければ示し得ない写真を随所に掲げ、理解の一助としてある。語義に関しては国語学的な成果を踏まえてあり好感が持たれる。個人的には総代や崇敬者に一読を薦めている。 南里空海 著『神饌 神様の食事から”食の原点”を見つめる』(二三八ページ・二四〇〇円+税) 第一章「伊勢の神宮の神饌」、第二章「勅祭の神饌」(石清水祭・賀茂祭)、第三章「春秋の祭りの神饌」(和布刈り神事・エトエト祭・一夜官女神事・梅花祭・青柴垣神事・山王祭・弥美神社例大祭・三枝祭・御田植神幸式・海神神社例大祭)、第四章「秋の祭りの神饌」(諏訪神社例大祭・嘉吉祭・大饗祭・銀鏡神社例大祭)、で構成。丹念に採訪したことが伝わる。写真のみでも充分満足できる。 村上和雄・棚次正和 著『人は何のために「いのる」のか』(祥伝社黄金文庫・二八三ページ・六〇〇円+税) 遺伝子研究の農芸化学者と宗教学者とによる試み。プロローグ「祈るだけで遺伝子がオンになる」、第一章「「祈りは良薬」になる、これだけの証拠」、第二章「なぜ、人は祈り続けてきたのか」、第三章「なぜ、人にとって祈りが不可欠なのか」、第四章「自分のために祈るか、他人のために祈るか」、第五章「どうすれば上手に祈れるようになるか」、エピローグ「祈ることは生き生きと生きること」で構成される。昨今〈笑い〉に効用を認めるが、〈祈り〉にも成就させる力があると説く。神職なら読んでおきたい一冊だし、氏子にも薦めたい。 雑 誌 評 o「季刊 悠久」第一二四号(鶴岡八幡宮・七一四円)特集 巨樹信仰。大島建彦「口承文藝における巨樹の信仰」は語られた巨木を通して庶民の信仰を眺めている。三橋正「柱と神道 ― 自然崇拝から国家宗教へ ―」は〈柱〉をキーワードとして巨樹信仰→巨木(柱)建て→柱祭祀(祭祀と服属儀礼の二面性)→柱の抽象化、といった経過を考察している。 o「儀礼文化」四十二号(儀礼文化学会)尾崎俊廣「松尾社の猪(亥)狩神事」は松尾大社境外末社・山神社において明治十五年まで行われていた害獣退散・五穀豊穣・天下泰平を願う神事を紹介。引用資料には二編の祝詞が見える。常陸国風土記の夜刀神や延喜式の遷却祟神祝詞を考える上でも参考になる祭祀。明治以降、こうした農耕と関わる多くの神事が消滅して行ったことが思われる。 o「正論」四月号(産経新聞社・七四〇円) 総力特集と銘打って各界から救国内閣を想定させている。石原慎太郎都知事と安倍晋三元総理の名が目立つ。知行合一を認めた結果か。百地章「民主党政権の危険な言語・思想統制」は自衛隊員への検閲を批判。桜林美佐「余命10年!自衛隊よ、「戦える軍隊」たれ 法律編」は自衛隊が置かれる状況を述べて憲法を改正すべしと訴える。松浦光修「「8月15日」は解放記念日―罷り通る自虐教科書」は「学会の主流」という暗部を指摘。歴史学関連学会の偏向が無批判に受け入れられる現状を批判している。  o「正論」五月号(産経新聞社・七四〇円) 「識者20人が提言 日本人よ立ち上がれ」では、櫻井よしこ「天は何を問うたのか」、鈴木孝夫「備えあれば憂いなし」、佐伯啓思「「おそれ」を日本再建の基軸に」、加地伸行「リベンジを果たそう」、平野啓子「この誇るべき「助け合いの精神」!」、梅原克彦「首相と官房長官に告ぐ」が印象に残った。関岡英之「世界が震えた7日間 菅流「政治主導」が招いた福島原発危機」、竹田恒泰「天皇陵の「静安と尊厳」を守れ」、古屋圭司「憲法九六条「改正条項」の緩和を」、神保真樹「永田町ゼミナール 小選挙区の15年で何を失ったのか」も納得できる内容である。 続きを読む...
次頁